「僕ら自身はもう救われないので」
この言葉について昨日ブログを書いたはずなのだけれど、下書きにも残らずきれいに消えてしまっていた。謎。何らかの力が働いたのか。まさかね。こんな辺境のブログに。
近年で最もつらい言葉だった。自身は救われない、けれど「これからの未来のために」と、さらに傷が深まることを覚悟で告発した若者の勇気を、美談とたたえるだけでなくそれに応えなければならない。
「子どもを保護する立場の大人がそういうことをするのだと人間不信になった」という言葉とともに、この言葉は、弱い立場である子どもへの卑劣な行為を見逃してきた、知らないふりをしてきた、あるいは擁護してきた大人たちへ突きつけられた刃だ。
これ以上「もう救われない」と言わせてはいけない。